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富士通、ライブドア、そしてパクチー。「就職する気ゼロ」だった佐谷恭氏の仕事観とは

株式会社 旅と平和 佐谷恭

世界初のパクチー専門店「パクチーハウス東京」を営む株式会社旅と平和・佐谷恭さん。学生時代から世界各国を旅し、その道程で“交流することの価値”を見出したといいます。富士通という大手企業からベンチャー、フリーへの転身、そして起業まで、変幻自在のキャリアを“旅”してきた佐谷さんが語る仕事観とは?

佐谷 恭(さたに  きょう)
株式会社 旅と平和 代表取締役CEO

1975年生まれ、神奈川県秦野市出身。京都大学卒。大学在学中に50か国を旅し、見聞を広める。卒業後、株式会社富士通に入社、関西地区の新卒採用責任者となる。2000年5月、株式会社リサイクルワン(現:株式会社レノバ)へ2年半、セールスマネージャーとしてスタートアップに関わる。2004年「旅と平和」をテーマに英国ブラッドフォード大学大学院平和学を修了。同年、株式会社ライブドアでニュース部門の立ち上げを担当する。2005年「日本パクチー狂会」を発足。“メディア”としてのパクチーの可能性に着目する。「旅人が平和をつくる」の理念のもと、2007年8月9日株式会社 旅と平和を設立。同年11月、世田谷区経堂にて「パクチーハウス東京」をオープン。2010年、東京初のコワーキングスペース「PAX Coworkin」設立。ダイエットのため始めたマラソンの魅力に取りつかれ、フランスボルドー地方のメドックマラソンに2011年より毎年参加。それをヒントに2012年にご当地ソーシャルマラソン「シャルソン」を考案し、経堂を中心に世田谷区で初開催。以後、全国各地にシャルソンの輪を広げ(過去3年で約50都市80回開催)、その仕組みを応用して東北復興支援としての「ウルトラシャルソン」を開催。2015年、サハラマラソンを完走。主な著書に『ぱくぱく!パクチー』(情報センター出版局)、『つながりの仕事術「コワーキング」を始めよう』(洋泉社)、『みんなで作る パクチー料理』(スモール出版)がある。

食事以上の価値をつくる。旅の経験をベースに開店したパクチーハウス

株式会社 旅と平和 代表取締役CEO佐谷恭さん

―佐谷さんのお仕事の内容についてお聞かせください。

  すべての料理にパクチーを使ったパクチー料理専門店「パクチーハウス東京」の運営や、「PAX Coworking(パックス・コワーキング)」というコワーキングスペースの提供、そのほかご当地ソーシャルマラソン「シャルソン」普及のため、主催や運営のアドバイスをしています。

  「パクチーハウス東京」は貸切をせず、相席を推奨しているレストランです。コワーキングスペースとはひとつのオフィスを共同で使用するスタイルの仕事場で、東京では僕が初めて開設しました。「シャルソン」はゴールを目指しながら自分のペースで自由に走り、地域の人々と交流するマラソン大会です。

  これらすべてに共通しているのが“コミュニケーションを促進する”ということ。“旅人”という異質なものに興味を持ち、受け入れる人を増やし、つながりを増やしていく。それが「株式会社 旅と平和」の最大の目的です。

―そのコンセプトを設定した理由は何ですか?

  僕自身人と交流するのが大好きなんです。特に旅をして、いろんな国の人と話すのが。大学生の4年間では50か国以上をまわって、合計すると、うち1年くらい旅をしていましたね。

  たまたまその場に居合わせた人同士で話をしたり、旅のあとに連絡を取り合ったりするなど、学校では得られない経験や人に出会える機会がたくさんありました。同時に、世界的に見て日本がおかしいところもたくさん見えたんです。

  たとえば、今の都心近郊に住むサラリーマンは、家から会社まで1万人近くの人とすれ違いますよね。でも、1日の間にしゃべる相手はほんの数人。近所の人とも話さないし、会社では報告とか何か必要に迫られたら話すくらい。僕はこういった、会う人の数に対するコミュニケーションの数が少なさが、うつ病のような現代病を引き起こしている要因なんじゃないかと思っているんです。

  もちろん、会う人会う人に全員話しかけるのは大変です。でも日本も、ほんの少しのきっかけで、人同士が気軽に話ができるような環境にしたい。そのためには、いろんな立場や価値観を持つ人が交流する、あるいは交流の練習をする場が必要だと思ったのです。

―なるほど。そういった交流の場をつくるために飲食店を選んだのはなぜですか?

  僕はずっと“旅人は平和をつくる”という理念を持っています。旅人が、人と人を結びつける役割を果たすと考えているんです。その理念のもとに事業を始めたくて「旅と平和」を起業しました。

  ではなぜ飲食店かというと、食事の時間は誰にでもあるから心の変化につながるきっかけの場にしやすいし、ちょうどいいだろう考えたからです。それでどこか飲食店を借りようといろいろ調べ始めました。でも、思ったんです。「どこもつまんないな」って。

  ハウツー本なんかを読んでいると、「プライバシーを重視」とか「ひざつき接客する」とか書いてある。閉鎖的で、自分が求めているものじゃない。それならもう「自分でやってしまおう」と。もともとカフェとかレストランなんて経営する気がなかっただけに、そう突然思えたのは自分でも驚きでしたが。

―もともと飲食店をやろうと考えていたわけではなかったんですね。

  でも僕自身、飲み会が大好きで、学生の時から積極的に幹事役として1000回以上会合を開くほど、企画をプロデュースするのが得意でしたから違和感はありませんでした。

  旅で僕は旅費以上のものを得てきました。だから、ただ食事をするのでも、食事以上の価値をつくりたいし、それができる場をつくりたい。それが「パクチーハウス」を始めた理由ですね。

コミュニケーションの入口としてのパクチー

パクチーハウス東京代表 佐谷恭さん

―では、そのなかでなぜ、あえてパクチーの専門店にしようと?

  僕も旅先でよくパクチーに出会っていたので好きではありましたが、もともとは友人が「パクチーが採れたからホームパーティをしたい」と言ったのを受けて、そのセッティングをしたのがきっかけです。やってみたらこれが予想以上に盛り上がったので続けたくて。そこでこの会合に名前をつけました。それが、僕が当時から主宰している「日本パクチー狂会」です。

  そのことをブログに書いてみると反響が大きく、今後はネットを通して人を呼んで、無理矢理でも月1回、活動を続けようと考えました。パクチーを入口に、「mixi」のような人と交流しやすい場所をつくりたくって。

  人が検索しやすい、覚えやすいURLにしようと、特に表記にはこだわりましたね。パクチーはそのまま書くと「phakchi」とちょっと難しいスペルなので、平和の「pax」と、人をかたどった形の「i」を組み合わせて「paxi」と表記するようにしました。「i」は旅人という意味を込めています。

―ちょうど佐谷さんのテーマである「旅と平和」とパクチーが絡んだわけですね。

  僕は旅人を、単に海外に旅行するのが好きな人というより“自発的に動く人”と定義づけています。そして、その旅人は、僕の考え方を直感で分かる人だと思っています。当時、パクチーが好きな人というと、海外の旅の経験があったり、エスニック料理が好きな人に限られていました。パクチーを通して、僕が定義する“旅人”を集めることができると考えたんです。

―パクチーは非常に好みの分かれるハーブですが、集客に不安はありませんでしたか?

  僕は、パクチーはハーブではなくメディアだと思っています。旅人を集める手段というか。好みが分かれるとはいいますが、実は好きでも嫌いでもない人がそれよりもいっぱいいるんですよ。日本人にあまりなじみがないだけで。
  だからこの「パクチー」という個性的で珍しかったキーワードを早い段階で自分のものにして、それをメディアとして交流の場をつくりたいと思っていたんです。

  内容がおもしろければ必ずお客さんはつきます。「パクチーハウス」を普通の食材ブームのような一過性のものにせず、食事以上の価値を得られる場とするために、いつまでも飽きられない店づくりを続けたいと思っています。

すべての瞬間が仕事のやりがい。ポジティブ思考を積み重ねて

パクチーハウス佐谷恭社長

―佐谷さんが仕事をしていて、やりがいを感じる瞬間はどんな時ですか?

  仕事とプライベートをまったく分けていないせいか、全部が僕のやりがいになっています。あえて挙げるとすれば、経営者として下した判断が、すべて結果として目に見えることです。

  “Something attempted, something done.”(何かをすれば、何かが起こる。)これは僕の座右の銘として、いつも意識しています。誰でも何かにチャレンジした分だけ、周りの環境は変化すると考えていまして。

  店を経営していくのにも「食器をどうするか」とか「新しいメニューはどうするか」とか、小さな決断の積み重ねだし、旅をしていても「行先どうしよう」とか、「バスにするか列車で行くか、宿で休むか」と瞬間瞬間で決断しています。旅と経営は、まったく同じなんですよ。どんな結果になっても、それが毎回、おもしろいなって感じています。

―逆に仕事で大変だと思う時はどんな時ですか?

  事業計画が思い通りにいかなかったときですね。まぁ、計画通りになることは極めて稀なんですけど(笑)。最たる例は用賀で「鳥獣giga」という、オーガニック製品やジビエ(天然の野生鳥獣の肉)を食べるお店を開いていたのですが、オープンから半年で撤退を決断し、2011年の2月に閉店しました。でも契約上、家賃だけ払い続けていて、経済的にとても苦しい状況でした。

  しかもそれに追い打ちをかけるように、あの東日本大震災が起きたのです。この経堂の「パクチーハウス東京」の予約もすべてキャンセルになり、「ああ、これはもうすべてやめろっていわれているんだ」と思いましたね。

  とはいえ、何をするにも店を開けることしかやることがないし、でもまた大きな余震があったら2Fのこの店(パクチーハウス)が危ない。ですので、一時的に店を用賀へ移転させたのです。そうしたら……毎日満席だったんですよ。

  「開いていてくれてよかった」「誰かとしゃべりたかったんだ」。そんな反応をいただいて。こんなに必要とされていたのなら、続けていこうって思いました。なかには、震災ボランティア帰りのお客さんも来ていましたね。

  いいことも悪いことも、受け入れた後はそれが前提になるので、状況からヒントをつかめば道は開いていくんですよ。だから、大変だと思ったことでも、あとからふりかえるとすべて、それがあったからこそ今があるという重要なターニングポイントになります。

―震災といえば、東北にもよくいらっしゃるそうですね。

  知人から「お前も東北に来い」と言われていたので行くことになったのですが、正直、最初は「大変なのは分かるけど、俺のほうも大変なんだ」という気持ちがありました。

  でも、実際に現地に行ってみて、自分がいかに身勝手だったのかがよくわかりましたね。何もかもがぐちゃぐちゃなのに、それでもそこで生きようとする人がいて、逆にその姿に救われました。助けにいったつもりが、自分が助けられたような……本当に行ってよかったと思っています。
  それから、年に2回は東北に行こうと決心しました。今は年に5回は行っています。

―そこで東北支援として、シャルソンをされていると。

  はい。「ウルトラシャルソン」という、東北の被災地沿岸を走るイベントですね。聖火の代わりに地元産の「青果(生花・製菓)」を持ってリレーしたり、その土地土地のお店を回ったりして、参加者と地元の人の交流を楽しんでいます。

  彼らは確かに大変な思いをしているんですが、そのなかで一生懸命、生活しているわけです。美味しい魚が獲れたとか、今年は牡蠣が豊作だったんだとか、一瞬一瞬を懸命に生きていて。

  だから僕らは実際にそこへ行って採れた食材を食べて「ああ、ほんとうまいね!」と反応するんです。そうすると、向こうもすごく嬉しそうな顔をしてくれるんですよ。大変な状況を見てただ「大変ですね……」と言うのではなく、ポジティブな声を積み重ねていくのが大事だと思っています。

就職する気はゼロだった。それでも入社したら、楽しかった。

就職活動について語る佐谷恭氏

―佐谷さんは学生の時から海外へ長期間、旅をされていたとのことでしたが、そうなると旅費のためにアルバイトもたくさん?

  そうですね、特に家庭教師とか引越し屋とか、単発のバイトが多かったな。京都会館でのコンサートホールの片づけとか。ネットが一般には普及していない時代だったので、バイトあっせん所で仕事を見つけていました。

  特に引越し屋のバイトはおもしろかったですね。そこの社員さんたちとの交流が楽しくて。別の引越し業者さんよりも、「この人たちと仕事がしたい」と思っていて、いつも同じ業者さんを選んでいました。

―就職活動はいかがでしたか?

  まったく就職する気なかったんですよね(笑)。だけど京大文学部の教授にNHK出身の人がいて、その人にNHKへ就職を勧められました。「アナウンサーに会える」という言葉に乗せられて試験を受けたら、トントン拍子で最終面接までいきまして。もう完全にその気で「就職先がNHKに決まった」って親に報告までしちゃいました。で、落ちました(笑)。

  あと応募したのは富士通と、電子メールで案内のあったリコーとか、海外に行きたかったので日商岩井や三井物産のような商社を受けましたね。なかなか就職する気にはなれませんでしたが。

―最終的に富士通に入社されますが、就職しようと思い直した経緯をお聞かせください。

  就職すると聞いた親がすごく喜んでくれましたので、気が進まないものの富士通の面接に行ってみたんです。でも、行ったはいいけど、面接官に志望動機聞かれて、固まっちゃって(笑)。

  仕方ないので「志望動機がない」と言いました。一瞬、面接官は固まったものの、学生時代のことを聞かれたので、旅やそれにまつわることを話したら興味を持ってくれたようでした。それがよかったのか、あれよという間に3次面接まで進みまして。

  とはいえ、旅の話ばかりで面接を通過していたので、常識的に考えるとおかしいし、こちらもふざけているけど採用のプロセスも冗談みたいだったので、このまま面接を進めることがいいとは思えませんでした。

  ですので、3次面接は当日まで友人と飲み明かしていたんです(笑)まったく行く気がなくて。しかし、そんな話を聞いた友人に「いいから行け」と言われ、ほぼ完徹・二日酔い状態でスーツに袖を通しました。

  面接官の人に「君、おもしろいよね。富士通に入る気はない?どんな会社か知ってる?」と聞かれて。実は、富士通が何をしている会社かも全然知らなかったんですよね僕(笑)。その場で、初めて富士通の事業について教えてもらいました。

  そうして話を聞いているうちに「おもしろそうだ」と思えたんです。仕事なんてつまらない、と勝手に思っていたけど、自分が想像するよりも社会人はずっとおもしろいんじゃないかって。

  最後にもう一度「富士通に入る気はない?」と聞かれたので、「就職するなら富士通にします」と答えました。それで「最終あるけど、君は落ちないと思うよ」と(笑)。そのまま最終面接まで行き、内定をいただきました。これが、入社の経緯ですね。

―人事部に配属されたそうですが、そこで意識したことや、得た経験でつながっていることはありますか?

  仕事をやるからにはがんばろうと、積極的に手を挙げていました。最終的には責任者を任せてもらえるまでになって。自分の意思で仕事の決断をできるようになったのは、経営をする今の立場になったことに活かされていますね。

―富士通からリサイクルワンへ、なぜ転職されたのですか?

  当時自分は25歳でしたが、たとえば富士通の社長に就くのが50代後半くらいだとすると、今までの倍以上、ここで勤めなければならない。それはちょっと考えられなかったし、もっと自分ならではのことがしたかったんです。仕事は充実していましたが、そんな絶頂期だからこそ、何か違うことがしたいって思いました。

  リサイクルワンは大学時代の友人がつくった会社です。そこでは産業廃棄物の会社へネットの仕組み(ASP)を売る、営業部の立ち上げを手伝いました。

―それからはフリーランスを経て2004年にはブラッドフォード大学で平和学を修められます。帰国後はライブドアへ……と、かなり紆余曲折なキャリアを経ていらっしゃいますね。

  まあ、世間でいう専門性はないですからね(笑)。
  ライブドアでは、ニュース部門の記者として、その部署の立ち上げから閉鎖まで関わりました。いろいろ新しいことをさせてもらっていましたが、僕なりに意識していたのは「無名な人に光を当てる」こと。大企業の社長さんとか有名人の話を聞くのもおもしろいけれど、 “普通の人”ががんばっているのを応援したかったので、そんな記事を中心に書いていました。

  要はなんでも、“人をそそのかす”のが好きなんですよね。人が交流できる空間をつくりたい、名もなき誰かを応援したい、食事以上の価値を提供したい。……そういうことを、ずっとやっています。

ゼロから0.1でもいい。踏み出して、可能性を広げよう

paxi house tokyo佐谷恭さん

―佐谷さんが今後目指していることは?

  目指している姿はないんです。というのも、世の中自体が刻一刻と変わっていくので、何かを目指すってあんまり意味がないと思っているんですよ。

  でも「旅と平和」ということを標榜しているので、答えるとしたら「旅人が平和をつくる」という考えを持つ人を増やしたいと思っています。「paxi」のスペルの知名度も上げて、交流の手段として、いろんな人にこの名前を使ってほしいですね。

―仕事をするうえで、佐谷さんが大事にしていることは何ですか?

  楽しむことです。がむしゃらにストイックでいたくないし、誰かと競争するつもりもない。ほんとは値段の交渉とかもしたくないです(笑)。信頼できる人とのやり取りであれば、取引は言い値でしています。

  相手との関係性をいつも意識しているんです。たとえばすごく安く買うことができるとしても、そのせいでその人が損したり、イヤな気持ちになってしまうのだったら、人同士の気持ちとして、やりたくないですよね。

―人基準ということですね。

  そうです。誰と何をするか、です。

―それでは最後に、若い世代へメッセージをお願いいたします。

  “Something attempted, something done. ” これに尽きます。とにかく少しでも行動を起こせば、何かが起こる。その結果を見てまた次の行動を考えればいいのです。何か迷うんだったらチャレンジする。

  できれば「今これが流行ってるから」という判断ではなく「これをやったらいいのでは」という自分の発想から行動を起こしてほしいです。ゼロから10でなくてもいい。ゼロから0.1でもいいんです。ちょっとでいいから足を踏み出す、と。

  人の目を気にしてしまったり、人に合わせてしまうのは、みんな同じです。大体のビジネスもパクリですしね(笑)。でもそれは悪いことじゃない。ある人が考えたものをいろんな人がやることによって物事は発展するのですから。

  大多数はそれでいいんですけれど、これからどうなるかなんて誰もわかりませんし、それなら先のわからないこと、人がしてこなかったことを、トコトン追求したほうがいい。そうして結果的に普通に就職の道を選んだとしても、あるいはありきたりのビジネスで起業して生計を立てることになっても、それはそれでいい。本来はどっちでもいいことですから。

  でも、可能性があるうちは、可能性をのばしてほしいな。そのなかでおもしろい人がいっぱい増えるといいなって思います。自分が思いついたことを、どんどんやってください!

<パクチーハウス東京(取材場所)>
東京都世田谷区経堂1-25-18 2F
小田急小田原線 経堂駅より徒歩約5分
<株式会社旅と平和>
同ビル内 3F

[取材・執筆・構成・撮影]真田明日美

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