会社は “インターン” で見極めろ! グーグル、グリーを経たクービック倉岡氏のキャリアコントロール術
- 倉岡 寛(くらおか ひろし)
- クービック株式会社 代表取締役社長
1982年生まれ、千葉県出身。小学3年生から中学2年までアメリカで育った帰国子女。東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻。2007年 4 月、グーグル株式会社に入社。検索担当プロダクトマネージャーとして「急上昇ワード」などをリリース。2011 年4 月、グリー株式会社に入社。アメリカ法人の立ち上げやプラットフォーム事業の企画責任者、新規案件プロジェクトの事業部長を歴任。2013 年 10 月、クービック株式会社を設立。無料予約システム「Coubic(クービック)」、美容院・エステサロン専用予約システム「Popcorn(ポップコーン)」を提供。 <クービック株式会社> 創業/2013 年 10 月 本社所在地/〒150-0044 東京都渋谷区円山町 5-5 Navi 渋谷 V 10F 最寄り駅/渋谷 ※本文内の対象者の役職はすべて取材当初のものとなります。
バックオフィスの仕事、全部やります! インターン生も大活躍のクービック
―クービックの事業内容を教えていただけますでしょうか。
様々な業種に対応している、無料の予約システム「Coubic(クービック)」、美容院やエステサロンの当日・直前予約に特化した「Popcorn(ポップコーン)」を提供しています。
現在はこうした予約管理や集客、決済に特化して事業を展開していますが、我々が目指すゴールは “裏っかわの部分” をすべて担うこと。
業界の方たちがそれぞれの本業(サービス)に注力できるよう、物件探しから顧客管理、人材確保に至るまで「全部やります!」と言えるように成長していこうと考えています。
―横方向に幅広く事業を拡大していくということですね。御社の社員はまだ14名(2017年2月現在)だそうですが、インターン生が非常に活躍しているそうですね。
弊社には現在14名ほどのインターン生がおりますが、そういったインターン生からそのまま新卒社員として入ってくる人もいます。
電話対応や営業のサポートなど、社員とほぼ同等の業務をやってもらっています。インターンの学生が課題解決した例はいくつもあるんですよ。
―これから求める理想の人材像を教えてください。
自立的&素直な性格で、チームワークの取れる人がいいと思っています。どんなに能力のある人でも、1人ですべてのことができるわけではないですからね。
これだけ動きの速い世の中なので、これから主役になるのは若い人だと思っています。どんどん変わっていくことに柔軟になるためには、やはり “素直さ” “謙虚さ” “誠実さ” が必要です。
いろんな考え方に対して常にオープンでいて、でもそのなかでも自分の軸を保ち、判断していく力は今後さらに重要になります。その力を備えている人と、是非一緒に働きたいです!
その時その時に、 “おもしろそう” なほうを選ぶ生き方
―倉岡さんのお生まれやご家族について教えていただけますか?
僕の生まれは宮崎県ですが、父親がJAXAに勤めていたので、小学校3年生の時から4年間、アメリカのヒューストンに住んでしました。
宇宙飛行士の毛利衛さんや若田光一さんが近くに住んでいらしたので、とても良くしていただいておりました。……今思えばすごい環境ですけれど(笑)。そんな幼少期を過ごして、中学校2年の春に帰国して日本の中学校に通い始めました。
―幼いころ抱いていた夢などはありましたか? やはりJAXAの研究者とか、宇宙飛行士とか。
自然とそうなるのかなと思っていたんですが、特別何かになりたい、大きなことをしたいという夢はなかったですね。もちろん、宇宙の話を聞いた時に「宇宙に行ってみたいな」と思うのですが。
それよりも、たとえば手塚治虫の『ブラックジャック』を読んで「医者になりたい」とか、お寿司を食べたら「お寿司屋さんになりたい」とか……その時その時に “おもしろそう” と思えたことへ興味を向けるタイプだったんです。実はこの会社を起業する時もそんな感じだったんですよ。
―本質は昔から変わらずにいるんですね。中学から高校時代はどんな学生でしたか?
高校受験があったので、そのための勉強はしていました。アメリカにいた時からバスケが好きだったので部活はバスケ部。高校に入ってからも続けました。
でも帰国子女だったこともあり、特に帰国したての中学時代のころは、周囲からなんとなく浮いている感じはしましたね。「自分の居場所がないな」って。
高校は進学校の男子校で、それまでと環境がガラッと変わりました。不良っぽいのからオタクまで、いろんなタイプの人間がいましたけれど、だからといってイジメがあるわけでもなくお互いフラットな関係を築くことができていました。
受験に合格する、というひとつのゴールを目指し、男子校らしくガッと全員がアツくなる部分もあれば、「自分をちゃんと保っておかなきゃ流されてしまう」という雰囲気も常にあったので、自立心が促される環境だった気がします。
中学の時 “自分” という存在がフワフワしたものだったので、高校ではっきり自分の軸を置けたのはよかったなと思っています。
燃え尽きて、無為に過ぎていった大学時代。しかしある出会いが人生の分岐点に
―大学は東大ですね。その後のキャリアを見てもものすごいエリート街道を突き進んでいるという印象ですけれど、どんな学生だったのですか?
実は、それまで受験のためにがんばって勉強して突っ走ってきた分、「燃え尽き症候群」みたいになってしまいまして……受験が終わったと思った途端、全然勉強しなくなっちゃったんです。大学3年の時まで、ずーーっと。
アルバイトやサークル活動はいろいろやってはいました。サークルはよくあるテニスサークル。アルバイトは塾講師や家庭教師だったり、ドトールでバイトしたり。
塾講師が一番続けられたバイトなんですが、時給がよかったから、というのもあるのかもしれません。もちろん、だからこそそれに見合うバリューは提供しないといけないなとは思っていましたが。
ただやっぱり、中学の時からずっと「何となく」という感じで過ごしていましたし……あまりお話できるほどのエピソードもなく(笑)。そんな、特に自慢のできるような学生時代は送っていなかったのかもしれません。
―大学院に入られて工学系の研究をされていたそうですが、勉強への熱がふたたび上がったのはどのようなきっかけがあったのでしょうか?
東大の理系の学生は、4年になったらそれぞれ何かの研究室に入らなければならないんです。「空いているところでいいや」くらいのノリで探していたところ、たまたま友人に、「この研究室に一緒に来ない?」って誘われたんです。
そこは、それまでの工学と違い、経済や心理学、哲学のような分野も当てはめて研究していました。それが自分の中でとても「おもしろい」と感じられたんです。
本当に “めぐり合わせ” という感じですが、その時からは、ものすごく研究にのめり込みました。
―卒業後はグーグルに入社されています。研究者の道もあったと思いますが……。
そうですね、そのまま博士課程に行こうと思っていたんですけれど、でも就活は就活で、とりあえずやっておいたほうがおもしろそうだと思って。
なかでも、グーグルにはすごく興味がありましたし、就活が始まった2006年には、ちょうどグーグルも新卒採用を始めたので、いい機会だと。
当時、グーグルはアメリカで上場もしているほどホットな企業でしたが、日本にはたまに情報が入るくらい。
でも、たまたま研究室にその辺のことに詳しい人がいて、グーグルのスゴさを教えてくれていたんです。その人の影響で、パソコンやネットも好きになっていました。
―グーグルの、特にどの部分に魅かれたのですか?
エンジニアが、世の中にイノベーションを起こしてるというところですね。今はそうでもないでしょうが、日本の就職はどうしても文系の人のほうが間口が広い。でもグーグルでは理系の方が活躍しているんだと聞いて、興味をひかれたんです。
募集枠はエンジニアでした。自分もコーディングは研究で少し使ってはいたものの、グーグルのエンジニアは本当に “天才集団” と呼ばれていましたから、まず難しいだろうなー、とは思っていたんです。
けれど、とにかくおもしろそうでしたし応募して面接に行きましたところ、面接官の方に「あなたはエンジニアではないかもしれないけど、かわりにこういうポジションがある」と言われて。それが、プロダクトマネージャーの採用枠でした。
プロダクトマネージャーとは、ざっくりいうと、サービスをつくりあげる職種ですね。最初はなんのこっちゃ?って感じでしたが(笑)とにかくそこからプロダクトマネージャーとしての選考が始まり、そちらのほうが通ったというわけです。
―グーグルの面接はどのようなものだったのですか?
最後の面接がマリッサ・メイヤー(※)だったのですが、彼女から「最近おもしろいと思ったプロダクトは何?」と質問されました。あとは「(グーグルで)興味のあるサービスは?」「どうすれば、より流行ると思う?」など、どちらかというとサービスドリブンな質問ばかりだったことをよく覚えています。
「その人がどういうものに対して興味を持っているか」を聞きたかったんでしょうね。逆に一般的に就職活動等で聞かれるであろう、志望動機なんかは、一切聞かれませんでした。
プロダクトというサービスにどう着眼しているか、それをベースにどれだけ話を膨らますことができるのかっていうところを見られていたんだと思います。
グーグルの日本シェア拡大に貢献。自由な社風のなかに揉まれて
―倉岡さんはグーグルの根幹ともいえる「検索」機能の全般に関わったそうですね。
そうですね、インターフェイスの改善のほか、「急上昇ワード」をリリースしたりしました。
当時、検索エンジンといえばヤフーが圧倒的で、グーグルの日本シェアは30~40%程度。そこを何とかするのが私のミッションでしたね。あとはアメリカでリリースされたサービスを日本に持ってきたり。
―入社してみていかがでしたか?
思った通りに自由で、優秀な人が本当に集まっているなと感じました。心底「仕事が楽しい!」って思える時期でしたね。浮かれていたとも言いますが……。
新卒という身分もあまり気にせずどんどんぶつかっていけました。同僚は自分より一回り年上の人も多く、自然と目線も高くなっていきましたし、いい経験でしたね。
―グーグル時代で、一番苦労したことは何ですか?
日本特有のサービスとしてあるプロジェクトを仲間たちとがんばっていたのですが、マリッサに案を提出する直前に、日本のメンバーから猛烈に反対されたんです。僕がやろうとしていることが、グーグルのアイデンティティーに大きく関わる部分だったからです。
僕自身はそれほどの影響はないと思っていました。だから構わず進めようとしましたけれど……かといって、その反対の声を押し切ってまでするほどの正当性もなくて。やむなく、プロジェクトは中止することにしました。
納得がいかない部分もありましたが、若かったし、今思えば突っ走っていたんだなぁと。いくら自由な社風とはいえ、組織の人間として、考えなければならないことがあったはずですから。チーム以外の人も巻き込んでしまいましたし。
そういうステークホルダー(利害関係)以外の方たちとも十分にコミュニケーションを取り、ケアをすることが、実は仕事をするうえですごく重要なことなんだ、と学びました。
―グーグルにいて、一番自分の気持ちに変化があったことといえばなんですか?
僕の同期たち……特にアメリカの人なんかだと、みんなグーグルという一流企業に入ったらそこで終わり、ではないんですよね。
たとえば当時、オバマさんが大統領選挙に出るという時期に「俺、オバマのIT部門を手伝いに行くんだ」といってあっさり出て行っちゃったり、「会社辞めてポーカーしながら放浪の旅する」とか本気で言って……それで世界中まわって、またグーグルに戻ってきたりするんですよ(笑)。
―ウソのような話に聞こえますが(笑)それくらい、広い視点で自分の人生やキャリアを選んでいるわけですね。
そうなんですよ。もちろん、そのなかに “起業” という選択肢もあって、起業して失敗してまた戻ってくる、みたいな人もいたりしまして。
そんな様子を見てきて、以前よりも “起業” というもののハードルがずいぶん下がったと思います。それまでは起業って、リスクも高いしそうそうするものじゃない、と思っていましたからね。 それから、自分自身もいつか起業してみたいなと思いました。
外資のグーグルから、日本のグリーへ。――ゼロベースから得るものを求めて
―グリーに転職された直接的なきっかけは何でしょう?
グーグルではいろんなことをやらせてもらえたうえに給料もよくって、すごく居心地のいい環境でした。ただその状況に、かえって「このままじゃヤバいな」と感じたんです。
ここに甘んじているよりも、もっとプロダクティブに(生産性高く)やっていきたいと思い始めていたころ、グリーがアメリカへグローバル展開する、という話を聞きまして。
自分には海外経験もありましたし、何よりゼロベースで新しいことを始めようとしている、というところに非常にわくわくしました。それで、グリーに転職したんです。
―外資系のグーグルと日本のIT企業のグリーで、明確に違ったことはありましたか?
グリーではエンジニアまでKPI(重要業績評価指標)、特に売上げといった指標までが明確だったことにはびっくりしましたね。
グーグルの場合は、ビジネスの根幹部分は上の人たちが把握するもので、エンジニアへは共有されこそすれ、「いいものをつくってくれるなら、好きにやっていい」という雰囲気だなと、当時感じていました。
いっぽうでグリーの場合、たとえエンジニアでも「どうすれば売上げが出るのか」を念頭に置いていました。マネジメントの違いなんでしょうね。どちらがいいか悪いかというよりも、その部分の違いには驚きました。
―起業に至るまでの経緯を教えてください。
ちょうどその時期は、スマホとリアルをつなぐサービス、O2O(オーツーオー/Online to Offline)が流行りだしていた時でした。
スマホアプリからタクシーの配車ができる『UBER(ウーバー)』のように、ITがリアルな部分に占めだしてきている。これからはこの分野がどんどんおもしろくなってくるんだろうな、と感じていました。
そんな時期に日本に帰ってきたんですけれど、たとえば家を探すにしろ、店の予約をするにしろ、必ず電話が来るし、空き情報を確認したりしなきゃいけない。これがすっごく面倒くさく感じたんですね
アメリカでは当たり前になってきているほどなのに、日本はどうも遅れている。もっとこの行程を、サクサクできるようにならないか……と、そう考えたのが、起業のきっかけでした。ちょうど仕事も一区切りついていたところでしたし、タイミングもちょうどよかったんです。
じゃあどうして、日本の予約ってこんなにわずらわしいままなんだろう? といろいろ調べてみたら、予約システムの導入コストがとにかく高いのが一番の理由だと分かったのです。
なら、誰でも安く簡単に導入できる仕組みがあれば広まるはず。でも具体的にどうすべきかわからず悩んでいた時、テスラモーターズという自動車会社の広報である知人から、「試乗会の予約が面倒だから何とかできないか」という相談を受けたんです。
僕らとしても、なんとかとっかかりが欲しかったし、またとないチャンスでした。すぐ引き受けて、お客さまとヒアリングを続け、試行錯誤しながらつくったんです。
―試乗会の予約システムづくりが、最初の仕事だったのですね。
この仕事を通じて、顧客にとって何が予約システムを使ううえで引っかかるのかを把握することができました。そこで顧客管理をクラウド型にするなど、もっと誰でも使ってもらえるように工夫しました。
使うだろうと想定していたターゲットに向かってつくっていたつもりが、実際にはまったく想定外の人が使い始め、そうしてまた新たなニーズを知って……と、やり方としてはあまりかっこよくはないんですが、そうしながらどんどん「クービック」の機能を掘り下げていったのです。
そうしてお客様とやり取りしているうちに、集客が大変だ、人材確保も大変だ……などなど、お客さんが抱えている問題をいろいろ聞くようになりました。
そのひとつひとつに向き合っていくうちに「自分たちがやるべきことは予約や決済だけじゃなく、サービス提供者の方たちの課題を解決することにある」=「バックオフィスの部分をすべて引き受け、本業に注力してもらおう」、と強く思うようになっていったのです。
インターンはどんどんしよう!――会社選びで重要なのは“誰がそこにいるのか”
―今、もっともやりがいに感じることはなんですか?
一緒に働いている人が成長していたり、バリューを出しているのを見た時ですね。自分ももちろんまだまだだなって思うことはたくさんあるので自分も含めて、なんですけれど。
昨日よりも今日、今日よりも明日と “一歩ずつ前進している感” があるのはいいですよね。
―今は何か “夢” を持っていますか?
自分が今 “おもしろい” と思えることをやっていけば、自然と夢につながるんじゃないかなって思っています。
今は会社がある意味夢をかなえる “手段” になっていますから、社員の成長や、自分たちの作っているサービスがより使いやすくなっていく状況に対し、自分が関わっていくことで、そのうち実現していくような気がしているんです。
―今は経済面や将来への不安から “夢を持てない” 人が増えているといいます。
そうですよね。僕は幸いにもグーグルのような大きな会社で得た収入が、ある意味少しはセーフティネットになっていましたから、やはり給与面は重要だと考えています。
でももちろん、小さなベンチャーから出発して成長していく、というのもなかなか経験ができることではない、価値のあることなのでぜひ挑戦してほしいのですが、そこの判断はどうしても難しいと思います。
でも僕が考えるに、会社を選ぶうえでもっとも重要なのは “誰がそこにいるのか” ということだと思うんです。
大企業だと社長に会うのはちょっと難しいでしょうが、できるだけ内部の人と会う機会をつくって、その人が信頼できそうか、一緒にやっていける人なのかを考えるほうがいいのではないでしょうか。
だから学生時代はインターンをどんどんやって、いろんな会社の内部をのぞくといいんじゃないかって思っています。
―確かに。御社がインターン生をたくさん受け入れるのは、そういった考えもあるからでしょうか?
そうですね。僕自身はいわゆる「体験インターン」しかやったことがなく、本当にたまたま、いい会社に恵まれました。けれど、普通は狙って、会社の中の状況まで知り尽くしたうえで入社することはできませんよね。
社会でどういう進み方をするのであれ、やはり働く時間の大半を会社で過ごすのですから、会社の雰囲気や、その中の人がどんな人か、というのは重要な判断軸になると思うんです。
インターンは自分で狙えて、コントロールできる部分ですから、どんどん動いてほしいです。インターンしてみて気になった会社のなかに、弊社があれば嬉しいですね!
―それでは最後にメッセージをいただけますでしょうか。
クービックが目指すものは本当に大きなことですけれど、まだまだ規模は小さい会社です。チームワークやオーナーシップ、そして素直さ、誠実さを持って仕事に取り組める方が一緒なら、きっと達成できるはずです。
興味がありましたら、ぜひ弊社に応募していただけたらと思います!
[取材執筆・構成・インタビュー写真撮影] 真田明日美