「はたらく」に戸惑う、すべての人へ。――ニート支援 育て上げネット工藤氏に聞く“理想の働き方”
- 認定特定非営利活動法人 育て上げネット
- 理事長:工藤 啓(くどう けい)さん
1977年生まれ、東京都出身。1998年、成城大学を中退後アメリカに渡り、ベルビューコミュニティカレッジに入学。2001年に帰国後、若者就労支援団体 育て上げネットを設立。2004年NPO法人化。(本部最寄り駅:立川) 内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、一億総活躍国民会議委員等を歴任し、現在は金沢工業大学客員教授、東洋大学非常勤講師も務める。著書に『NPOで働く- 社会の課題を解決する仕事』、『大卒だって無職になる――“はたらく”につまずく若者たち』『無業社会 働くことができない若者たちの未来』など。
働きたくても働けない。「無業」状態の若者を多方面からサポート
★「育て上げネット」を支援しよう!★―育て上げネットの活動内容について教えていただけますか?
「無業」状態の16歳から39歳の若者が経済的に自立し「働く」こと、そして「働き続ける」ことを応援する活動をしています。これまでに1万5000人の方を支援してきました。
そのほか、小中学生、高校生の年代およびお子さんの悩みを抱えている保護者の方を支援の対象にしています。
―無業とは、具体的にどのような状態なのでしょうか。
なんらかの事情で働いていない状態のことです。「ニート(※)」という言葉で表現されますが、現在は「若年無業者」という言葉に置き換えられています。働かない理由は様々ですが、いずれにしても「働きたくても働けない」「働きづらい」状況であることがほとんどです。
特に、中卒や高校中退者などの低学歴者や低所得家庭の人が、無業になるリスクが高い傾向にあります。そのため、学校の先生と一緒に進路指導を行うといった教育支援や、空き教室を使って生徒でカフェを運営してみるというキャリア支援を2007年より始めました。
―無業の若者をつくらないために、教育・学習の支援も行うようになったと。
そうです、予防ですね。サマーキャンプを行ったり、企業での職場見学、地域イベントに参加するなど、学習面以外でもサポートしています。
無業の若者のなかには、家族と旅行に行く、お祭りに出る、友人と鍋を囲むといった「当たり前の経験」をしておらず、そもそも「する」という選択肢を持たないで育った子も多いんです。最近は東南アジアや南米出身の外国にルーツのある子どもがいまして、彼らは日本の生活や学校になかなかなじめず、つまずいてしまうという傾向にあります。
そこで先ほどのようなキャンプや、外資系企業への職場見学会などを行って、社会のコミュニティに関して学び、体験してもらっています。
こういった学習・生活両面の支援を通して、どのくらいの人が進学、就職を叶えているのかといった調査もしています。
―育て上げネットの就業支援については「ジョブトレ」というプログラムがありますね。
職業体験やビジネスマナー、PCの基本操作からプログラミングの学習など、社会に出るためのトレーニングを行っています。また技術的な面だけでなく、コミュニケーション能力を高めるためスポーツイベントを開催したり、企業のインターンシップや被災地に行って復興活動に参加したりもしています。
先ほども申し上げました通り、我々の支援の目的は若者が「働き続ける」こと。育て上げネットに来る若者の7割近くはアルバイトの経験があります。しかし、続かなくて辞めてしまっている人も多いんです。それは人との関係性をうまくつくれないというのも原因なので、それらを一つひとつ、プログラムの中で改善していこうというのも目的にあります。
ちなみに、「ジョブトレ」を受けた人では1年から1年半で9割近くの人が就職しています。そして3年後の就職継続者の方は8割に達しています。
―ほかに、育て上げネットが取り組んでいることはありますか?
最近では医療系のベンチャー企業と組んで、健康チェックを受けられる支援もしています。普通は学校や、企業の正社員でないと健康診断ってなかなか受ける機会がないので。
多くの企業にご協力をいただいて、いろんなサービスを提供できるようになっていますが、これからも1人でも多くの若者が働けるようになるよう、皆さまにご支援いただきたいです。
- 「育て上げネット」を支援しよう!
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『gooddo』はgooddo株式会社が運営する、社会貢献団体支援プラットフォームです。
支援は、誰でも、今すぐ、簡単にすることができます。上記ボタンより、記事で紹介した団体の支援サイトへ遷移します。
働かないのは努力不足?――若者への支援が“社会投資”に結びつく
―「ニート」という言葉のイメージから、若年無業者はともすれば「怠けている」と捉えられがちです。そのあたりはどうお考えですか?
そもそも1時間後、明日、3か月後もスケジュールがなく、社会との結びつきが一切ない世界って実は相当、つらいですよ。多少身体的な負荷がかかっても仕事している方が働けない状態よりラクだ、と言った若者がいました。社会的に孤立することの“みえないつらさ”を言い当てていると思います。
とはいえ、本人に本当にやる気があるのかを調べるのは難しいですし、それを調べることにどこまで意味があるのか定かではありません。それよりも、こういった状況を放置する社会に問題があると思うのです。
―と、言いますと。
僕たちには憲法25条で定められている「生存権」があります。健康で文化的な最低限度の生活が保障されているわけです。本当にそれが十分保障されているとはいいがたい部分もありますが、一人ひとりの命と生活をみんなで支えていくわけです。当然、若者にも当てはまります。
例えば、25歳で働けない状況の若者ひとりを将来に渡り支え続けるとおおざっぱに一億円になる試算があります。現在、若年無業者は200万人以上いるといわれています。
……となれば、このまま現状を放置し続ければ支えていくことが難しくなるのは想像できますよね。だから「働かないのは自己責任」「努力不足だ」と突き放しても意味がないんですよ。
でも逆に、無業状態の人が就労できるようになると、5000万円のプラスになるといわれています。だから、僕は若者の支援は“社会投資”だと考えています。
―なるほど。無業状態の人を働けるようにしたほうが経済的にもメリットがあり、ずっと理にかなっているんですね。
ちなみに内閣府の調査によると、無業の理由には「病気・けが」が25~29歳で3割、30歳~34歳に限ると4割近くになると出ています(内閣府HP参照)。病気やけがをしたらもちろん治療が最優先ですし、少なくともそこは本人の「やる気」の問題ではないはずですよね。
―社会に出てきても、たとえば運悪く「ブラック企業」のように本人にとって働きづらい会社に入ってしまうこともありますよね。その場合、何か対策はしていますか?
状況によりますが、本人に代わってこちらが第三者として介入することもあります。もちろん逆もあって、企業側が本人に伝えにくいことを僕らが伝えることもあります。
僕らは職業紹介をしていないのですが、なるべくいい企業さんといい関係でつながって、働き続けてほしいと思っています。
―今後目指すビジョンはありますか?
育て上げネットはNPOのなかでは規模が大きい団体ではありますが、それでも問題を解決するには財政基盤も弱く、やれることが非常に限られています。
社会に対して大きなインパクトを出していくために、志を同じくするほかの若者支援団体や企業とパートナーシップを組んだり、政府系の機関を巻き込むなどして、活動を充実させていきたいです。その意味で、最近では「コレクティブ・インパクト(※)」という概念に着目しています。
★「育て上げネット」を支援する!★30人の“兄姉”たちがいる生活を過ごして
―工藤さんのご両親も若者や子どもたちの支援をされていたそうですね。障碍のある子や学校に通えない子どもたちを受け入れて、自立支援をしていたとか。
そうです。僕の生まれは横田基地のある東京の福生市なんですが、40年前の当時はそのような子を受け入れる施設がまだ少なく、私塾を運営していた両親が子どもたちを受け入れていたそうです。
物心ついた時から毎朝30人くらいの血のつながりのないお兄さん、お姉さんに囲まれて朝食を食べていました。確かに世間からしたらちょっと特殊な家庭環境でしたね。
でもそういった環境が当たり前であったことは、多様な人たちが社会にいることを知るという意味で非常に良かったと思います。
―憧れていた職業や夢はありませんでしたか?
サッカーをやっていたので、小学校の時はサッカー選手でした。中学生の時は総理大臣。高校の時は新聞記者になりたいと。
―どれも全然違いますね(笑)。
これは家庭環境が影響しているのかもしれません。周囲からしたら普通じゃない家庭。でも僕自身はおかしいと思ったことはなかった。じゃあ“普通”って何なんだろう、普通じゃないなら、うちに来るような人たちはこれからどう生きるんだろう、何か社会の仕組みを変えないといけないんじゃないか……とか、いろいろ考えていたのかもしれません。実際には深く考えていた記憶はないのですが。
―そのころから、漠然とでも社会に影響を与える仕事をしたいと思っていたのですか?
そういう仕事を、という考えはなかったのですが、小さいころから、両親の活動が新聞やテレビに取り上げられると全国の困っている人々からの電話が三日三晩、鳴りっぱなしになるんです。「新聞はこんなにも影響力があるんだ、カッコいいな」と、その時に新聞記者に憧れました。
―ご両親から、将来についてアドバイスなどはありませんでしたか?
ありません。一度だけを除くと。 僕は早く社会に出たかったので大学に行くつもりはなかったんですが、そこで初めて父親が反対しました。「大学はどこでもいい、途中で辞めてもいいから、とにかく入って4年という時間を担保し、さまざまな経験をする機会をつくりなさい」と。
両親から人生の選択に対し口を挟まれたのは、後にも先にもその1回だけですね。
★「育て上げネット」を支援する!★「家族を守りたい」――友人の衝撃的な言葉が、いまの道を進むきっかけに
―大学は中退し、渡米してベルビューコミュニティカレッジに入学されています。このあたりの経緯をお聞かせください。
大学に入ってすぐバイトを始めたんですが、楽しくて昼夜働き続けて、月25万円くらい手取りでもらうくらいになっていました。そこで入学して半年くらいの時、海外で過ごしてみようとアメリカのシアトルに行きました。
そこでサッカーを通じて台湾の人と仲良くなったんです。カタコトの英語と漢字で「モーニング娘。」の話とかして(笑)。そんなある日、彼らにアメリカに来た理由を聞いてみました。
すると急に顔が真剣になった彼は、紙に軍機とか、ミサイルの絵を描くんですよ。 「いつ中国が台湾に攻めて来るか分からない。だからアメリカで勉強して税金払って市民権を取りたい。そうすればいざという時、自分の家族をアメリカに亡命させられる。家族を守りたいんだ」。
てっきり、英語を学びたいとか起業してお金持ちになりたいとかかな、と思っていたので、面食らいました。でも嘘を言っているとも思えない。この言葉を聞いて、「自分も彼らと一緒にいなければならない」と直感的に思ったんです。
そのまま、彼が通っている学校を案内してもらい、単位の取り方を調べて、帰国して両親を説得して日本の大学を辞め、ベルビューコミュニティカレッジに入学したんです。
―すごいですね……何がそこまでさせたんでしょう?
やはり自分と同じくらいの年齢なのに、本気で家族や世界のことを考えていることが、日本人の僕にとって衝撃的だったんですよね。こちらは将来のことなんて全然考えてなかったですし。
―ご両親は、日本の大学を辞めて留学することについて、どう思われたのでしょう?
渡米に反対はされませんでしたが、お金もかかるだろうし、条件として「TOEFLで500点(当時)取れ」と言われました。500点取れば語学学校に行かなくても入学できたんです。それで受けてみたら、ギリギリの503点。そのあと渡米まで1回も500点を越えませんでした(笑)。
―実際に現地で過ごされて、何か自分の中で変わったことはありますか?
日本にいるよりずっと居心地がよかった気がします。学生の国籍もさまざまで、皆当たり前のように多様性を受け入れるし、過ごしやすかったですね。
―ご帰国後すぐ、育て上げネットを設立されていますね。留学先でどんなことがあったのですか?
ヨーロッパ人の友人に「ヨーロッパでは若者支援が進んでるんだ。日本でもそろそろ若者に関する問題が出て、マーケットができるぞ」と言われたんです。そこで興味がわいてドイツとイギリスの若者支援へ見学に行きました。
いろいろ回ったのですが、かなり厳しい若者に対して行っている支援が、自分の実家でやっていたこととほぼ同じだったんですよ。共同生活型で。そこのスタッフにこの仕事を選んだ理由を聞いたところ、「ソーシャル・インベストメント(社会投資)だ」と言ったんです。
「社会問題に対して自分の人生や時間を投資し、問題が解決すれば、社会的にも経済的にもリターンがある」。……その言葉が強く印象に残りました。
それでこの分野はおもしろそうだと、2001年に帰国して任意団体を立ち上げました。支援側の生活が立ちゆかなかったら仕方ないので、本当に日本で事業として持続できるかどうか、本当にマーケットがあるのか、確認を兼ねてですね。
―活動を始めるにあたり、何から始めたのですか?
まずはうちの両親がやっていたような活動をしている団体を見て回り、話を聞いてみたりして、自分はどこから入っていくべきか模索しました。
その中で、「フリーター」として働いている人と、「ひきこもり」で家から出られず働けない人の間には、もっといろんなタイプの人がいるんじゃないかと気づいたんです。自宅から出られないわけではないけれど、事情があって働くのが困難な人とか。
そこで最初は通所型の支援スタイルを選択し、彼らと一緒に町内清掃といった地域参加をしていました。
2004年に法人化したんですがその直後にメディアで「ニート」という言葉や概念が取り上げられ、たくさんのご取材をいただきました。そういう時代性のようなものも、活動に大きな影響を与えたと認識しています。
★「育て上げネット」を応援する!★ここまでやれたのは“考えなかった”から。工藤氏の理想の働き方とは
―工藤さんの考える、「理想の働き方」はありますか?
「職住近接(しょくじゅうきんせつ)」です。生まれた自宅が職場でもあった環境が強く影響しているように思いますが。
育て上げネットの職員でも、立川勤務で立川市民となる人間も少なくありません。休みの日にイベントしたり、家族同士で遊んだり、子どもが病気になったら助け合ったりと、家と職場が近いこと、みんなが近くに住んでいることそのものがセーフティネット的な機能を担うと実感しています。
また、18時に仕事が終わっても家が徒歩圏内なので18時15分には家にいるわけですよね。それだけでかなり時間的余裕ができます。
―育て上げネットでは、どのような人材を求めていますか?
組織を多様化させていきたいと思っていますので、年齢やキャリアがばらけているのが理想です。
去年、16歳の障碍を持った職員が入ってきたのですが、16歳というだけで職員からさまざまな質問を受けてました。もちろん仕事の向き不向きもありますし、スキルセットも重要ですが、社会が多様性で満ちているのであれば、社会のひとつである職場もまた多様であるべきだと考えています。
―それでは最後に、若い世代に向けてメッセージをお願いします。
「思い切って行動してほしい」ということですね。何でもいいです、就活でもインターンでもダイエットでも読書でも。思い切って行動できる人とできない人は、やっぱり違いがあるんです。
思い切るとは「思う」「切る」という言葉で構成されています。思い切れる人は、あるところまではちゃんと考えるんですけど、どこかでもう考えることをやめて行動できる人です。そういう人間に僕もなりたいと思ってます。
僕はお話ししてきたように、あんまり“考えない”でやってきました。それはそれで問題かもしれませんけど(笑)、大学を中退したり、NPO立ち上げたりすることも、だからこそできたことなんだろうなと思います。僕にとっては。
いまはNPOや企業、行政といった垣根を越えて活躍する人も増えてきていますし、働き方やキャリアの道筋も流動的になってきています。
枠にとらわれ、考えすぎるのは、自ら道をふさいでしまっているのと同じです。何かに迷っているのなら、どこかで考えるのをやめて、まずは行動に移してほしいと思います。
- 「育て上げネット」を支援しよう!
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『gooddo』はgooddo株式会社が運営する、社会貢献団体支援プラットフォームです。
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[取材・執筆・構成・撮影(インタビュー写真)]真田明日美