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株式会社ガールズスタイリング 木原悠紀子
木原 悠紀子(きはら ゆきこ)
株式会社ガールズスタイリング 代表取締役

1986年生まれ。女性向け雑誌&web媒体の編集者として活躍する傍ら、2011年11月にリアルでつながる完全紹介制女子会コミュニティ「GIRLS PARTY」を立ち上げ“女子会プロデューサー”としての活動を開始。「働く女子みんなでつくるGIRLS BAG」の企画・プロデュースをきっかけに2012年10月、株式会社ガールズスタイリングを設立し、代表取締役に就任。現在に至る。「GIRLS BAG」は 2014年9月17日より愛知(名古屋)を中心に全国4都道府県で販売展開。

接客の楽しさを学んだショップ店員のアルバイト

―現在は“女子会プロデューサー”としてご活躍されていますが、学生時代はどのように過ごされていましたか?

  関西の大学に通っていたんですけど、大学生時代はずっとアパレルのショップ店員のアルバイトをしていました。大学生としてショップ店員のバイトをするというのは拘束時間のことを考えるとハードルが高いと思ったんですが、高校を卒業してすぐに面接を受けに行きました。それまでカフェでアルバイトをしていたこともあったんですが、将来的にはファッションの仕事がしたいと思っていました。その漠然とした憧れから、アルバイトからファッション業界に入って、少しでも知識を身につけたいという気持ちがあったんです。実際にショップ店員として働き始めると、それまで持っていたキラキラしたイメージとはだいぶ違いましたね。重い荷物を持つ作業もあったので、「これは肉体労働だな」って、バイトを始めてすぐに感じました。10cmくらいのヒールを履いて、長時間立ちっぱなしでいることもすごくつらくて…。

―そのような苦労が多いお仕事をずっと続けられた理由はあったんでしょうか?

  やはりお客様と接することが楽しかったですね。接客のノウハウというのも自分なりに研究しました。たとえば、ワンアイテムをおすすめするのではなくてコーディネートをご提案したり、着やせのテクニックをアドバイスしたり。何より、自分が働いているショップの洋服が大好きだったんです。自分が好きなものをお客様も気に入って買ってくださることがうれしくて。それが長く続けられた一番の理由かもしれません。今でもアルバイトをしていたショップの洋服をよく買っているんですよ。

自分の原点を見つめ直すきっかけとなった就職活動

株式会社ガールズスタイリング木原悠紀子

―就職活動ではやはりずっと憧れていたアパレル業界を目指したんですか?

  それが、就職活動はアパレル業界ではなく、出版業界を中心に受けたんです。4年間アパレルの現場で働いてみて、やりきったという思いがあったのが大きくて。あとは、実際にアパレル業界に就職する自分をイメージしたとき、専門学校でファッションについて学んでいるわけではないし、「自分にどんなことができるんだろう?」と、疑問に思ってしまいました。じゃあ、どうして出版業界を受けたかというと、私は文章を書くことが好きで、幼いころの夢は小説家だったんです。長編小説を書いて学校で発表したこともあったんですよ(笑)。それが高じて大学に入ったばかりの1回生のときには、劇団に所属していた友人と演劇集団を結成して、脚本を書いたこともありました。改めてこれまでの自分を振り返ったときに、そういったことを思い出して「何かを発信していたい!」と思ったんです。でも、今から作家を目指すことは現実的ではない。だったら、文章を生業にできる仕事はなんだろう? と考えたときに、出版業界に入ろうと決意して人材系の出版社に就職しました。

―出版社ではどんな雑誌を担当されていたのですか?

  就職情報誌や転職情報誌の編集がメインの出版社でしたが、私が配属された部署はF1層を対象とした雑誌の編集部だったんです。これはラッキーでした。新卒では編集部門に配属される確率はかなり低かったんですよ。でも、面接で「編集者になりたい!」「女性に向けたメディアを作りたい!」というのを猛アピールしていたおかげか、入社後すぐにその希望が叶ったんです。そこから雑誌の編集者を4年間、web媒体の編集者を1年間経験しました。

「このままでいいの?」。ふと感じた疑問が変化のチャンスに

ガールズスタイリング木原悠紀子-オフィス内

―その後、独立されるまでにはどういった経緯があったんですか?

  編集者の仕事は忙しかったですが、やりがいがあって充実していました。ただ、毎日のように自宅と会社を往復しているだけのような生活で「こんなに変化のない生活をこのまま送っていていいのかな?」って、ふと不安になって…。2011年の4月ごろだったかな? 友だち何人かと“女子であることを思いっきり楽しめるプラットフォーム”というテーマで企画した女子会を開催したんです。当時はそういった場がなかったんですよね。だから、自分たちで作っちゃおうって。その会を3回くらい開いたあたりからクチコミで広がるようになって、“完全紹介制の女子会”としてどんどんメンバーが増えていきました。

―そのころはまだ編集者として会社勤めをされている時期ですよね?

  そうです、まだ会社員でした。でも、クチコミの力で知り合いを通じて女子向けアイテムの相談やコラボイベントのお誘いなどがくるようになったんです。そのタイミングあたりから、人と会う機会もぐんと増えました。自分でも積極的に人とつながるということを意識して行動していて、週に2,3人は知らない人に会おうという目標を課していましたけど、結果的には年間で1,000人を超えるくらいの人に会っていました。かなりの“ファイティングガール”だったと思います(笑)。だけど、たくさんの人に会えば会うほど、自分に対して悔しさを感じるようにもなったんです。当時の私はまだ一会社員だったので、相手に会社名は認識されても、木原悠紀子という名前を覚えていただくことは難しいように感じていて…。どうしても「木原悠紀子といえばこれ!」という自分の強みがほしかったんですよね。そこで、“女子会プロデューサー”という肩書きをつけて、活動することにしたんです。Twitterでも“女子会プロデューサー”として発信を始めると、おもしろいくらいに周りの反応が変わりました。社内でも女子会を企画しているという話は広まっていたので、女性の意見が必要な読者企画があると協力をお願いされる機会もありましたね。そういった形で会社にも貢献できたのがうれしかったです。

起業への思いを加速させた、バッグブランドの立ち上げ

ガールズスタイリング-GIRLS BAG

―そのころ起業しようという気持ちはすでにありましたか?

  まだなかったですね。“女子会プロデューサー”の活動は、独立したくて始めたわけではなく、自信を持つために行っているものだったので。そのときは、ゆくゆくはフリーライターになりたいと思っていました。ただ、多くの方々と出会っていくうちに、世の中にはたくさん仕事があるんだっていう気づきを得て、心のどこかで「編集の仕事だけにこだわらなくてもいいのかも」とは思っていたかもしれませんね。人と会うことで世界観が広がって価値観が変わっていったんだと思います。そんな状態のときに、いきなりアクセルを踏み込んでいくようなできごとがあって。それがのちに「働く女子みんなでつくるGIRLS BAG」となる、バッグのブランドを立ち上げたことなんです。その話もやはり人とのつながりから生まれたものでした。たまたまバッグメーカーに勤務されている方と飲んでいるときに、「女性はどんなバッグを求めているのか」っていう話になったんです。すぐにFacebookを開いてコメントを投稿したんですけど、2~3時間でたくさんの意見が集まったんですよ。その意見をまとめているうちに「ブランドを立ち上げてみたらおもしろそう!」という流れになって、数日間で企画書をバッグメーカーの人に提案したら、あっという間にOKをいただけて。友人知人たちをプロジェクトのメンバーとして集めていきました。メンバーを集める期間も2,3日くらいだったと思います。

―すごい速さですね! メンバーはどうやって集めたんですか?

  女子会のメンバーが中心です。私たちは本当にごく普通の働く女性なんですけど、みんなそれぞれスキルがあるんですよ。たとえば、私だったら文章が書ける。仲間にはソーシャルメディアに強い人もいれば、ファッション誌のライターもいる。デザインの専門学校を卒業した人もいる。そうやってプロジェクトに必要な特技を持っている人をメンバーとして集めたんです。ひとりで全部のことはできないけれど、みんなの特技を持ち寄れば大きなことができると思いました。ただ、メンバーを集めるところまでは順調だったんですけど、バッグのブランドを立ち上げるということに関しては全員素人でしたから、販売するまでずっと順調というわけにはいきませんでした。基本的にメーカーさんは私たちに任せてくださったんですが、バッグのサンプルはできても、どこをどう直したらもっとかわいくなるのか…感覚的にはわかってもそれをうまく説明できないなんてこともありました。あとは売り方ですね。ネームバリューのない私たちがどんなに束になっても、有名読者モデルひとりの影響力にも満たない。宣伝に莫大なコストをかけることもできない。どうしたらいいんだろう? って。バッグは完成に近づいているけれど、メンバーは不安を抱えたままだったと思います。

―実際にはどんな方法で商品を宣伝したんですか?

  とにかくソーシャルメディアを駆使しました。FacebookやTwitter、ブログなどにバッグを作る過程を随時アップしてみたんです。ときには「裏地のカラーで迷っているんですが、みなさんはどちらがいいと思いますか?」というような質問を投げかけて意見を募ることもありました。どこにでもいる普通に働いている女性がバッグブランドを立ち上げるまでの姿は身近に感じていただけたようで、たくさんの反響をいただけましたね。SNSを通してコミュニケーションを取っている人たちはまさに私たちと同じ働く女性。つまり、実際にバッグを使っていただきたい人たちなので、すごく参考になりました。細かくプロセスを報告することで「一緒に作り上げている」という感覚になっていただけたのかもしれません。

女性を応援する最強のチームを生み出していきたい

株式会社ガールズスタイリング

―起業をしようと思ったのはこのころですか?

  思考錯誤しながら作り上げたバッグを販売することになったのが2012年の10月なんですが、私が独立しようと決意したのは、その2ヶ月ほど前。2012年の夏でした。“女子会プロデューサー”として活動しはじめたころから周りの方には「起業したら?」とアドバイスされていたんですけど、起業の目的が自分のなかでピンときていなかったんです。でも、バッグのブランドを立ち上げていくなかで、商品を作るからには売らなければいけない。ブランドも育てていかなくちゃ! という思いがどんどん強くなって。あとは、年齢も影響しましたね。起業を決めたのが26歳の秋だったんですが、会社を経営するなら絶対に3年は続けたいという思いがありました。3年後は29歳。もしものときに29歳であれば、次のステップにいけるチャンスもあると思ったので、「じゃあ、やってみよう!」という勢いがありました。私には“「今が一番楽しい」と思い続けながら生きていたい”という人生のテーマがあるんです。バッグのブランドを作り上げることは私にとって大きなチャレンジでしたが、本当に楽しい仕事でした。だから会社を辞めて、24時間いつでもブランドのことを考えられる環境に身を置こうと、そう思いました。

―「GIRLS BAG」も順調で、会社ももうすぐ3期目を迎えられると思いますが、今後のビジョンを教えてください。

  会社は3期目に入りますが、これまでは「木原悠紀子」という私個人の名前でお仕事をいただくことが多かったと感じています。個人としてはそれで成功なのかもしれないですが、組織ということを考えると、もう次のステップに進まなければと思います。女性には結婚や出産といったライフスタイルを変化させる必要が出てくるタイミングがありますよね。私もその必要が出てきたときに、今の経営スタイルでは限界があると思うんです。なので、組織として継続的に収益を生み出すモデルを育てていくのと同時に、それに適応した人材を育成できるような仕組みを整えていきたいなと。わが社は雇用形態にこだわっていません。会社に属するというよりは、人が会社に集まるというイメージでしょうか。「GIRLS BAG」を立ち上げたときのように仕事の内容ごとに最上級の結果が出せるチームを結成し、プロジェクトを動かしていく…そんな体制にしていきたいです。株式会社ガールズスタイリングという会社が“女性を対象とした企画を作るプロフェッショナル集団”であるということがもっと周知されたらと思っています。私が起業をしたのも会社を続けていられるのも、人と人とのつながりから生まれたお仕事のおかげなので、今後も人とのつながりを大切に、現在構想中の新しい事業にも積極的に挑戦していきたいです。

[取材/編集/撮影] 白井美紗 [編集・執筆協力] 渡辺千恵

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