現役精神科医が起こすITイノベーション!エクスメディオ物部氏による『ヒフミル君』開発秘話
- 物部 真一郎(ものべ しんいちろう)
- 株式会社エクスメディオ 代表取締役
1983年京都府生まれ。高知医科大学卒。在学中に出版社を創業し、高知県下の医療法人の広報誌などを制作、地域情報誌「Velocity」(発行部数3万部)を発行。2010年同大学を卒業後、精神科医として吉田病院(奈良県)、東員病院(三重県)の勤務を経て、2013年9月スタンフォード大学経営大学院に入学。同大学メディカルスクールにてiPS細胞の研究に尽力し、Graduate Research Course単位取得。在学中に今泉英明[いまいずみ ひであき]氏と佐條立[さじょう りい]氏の3名で、皮膚科疾患用の遠隔診断治療支援サービス『ヒフミル君』を開発。2014年12月に株式会社エクスメディオ(本社:高知市、東京オフィス:渋谷/2016年4月28日移転)を設立し、2015年3月に『ヒフミル君』を、10月に眼科疾患用の『メミルちゃん』をリリース。2015年6月に経営学修士(MBA)取得。臨床を続けながら、現在は株式会社エクスメディオの経営にも携わる。
※2017.7.20update 『ヒフミル』は2016年12月21日より臨床互助ツール『ヒポクラ』に変更となりました。記事内のサービス名、取材対象者の役職は取材当時のものとなります。
医療現場の問題点を解決に導く『ヒフミル君』
―現在の仕事について教えてください。
インターネットを使った、医師と医師をつなぐサービスを展開しています。
医療の現場では、急患や院内に担当科が設置されていない場合など、自分の専門以外の疾患を診なければいけない時があります。そのような時に非専門医が専門医に相談できる遠隔診断治療支援サービスが『ヒフミル君』で、弊社はその運営をしています。
―なぜ皮膚科診療に特化したサービスから始めようと思ったのですか?
私は精神科医ですが、現場では専門ではない疾患を診ることが多々ありました。内科、外科は研修医時代から接することの多い分野なので、ある程度の対応はできるのですが、皮膚科や眼科の疾患については専門医でなければ難しい部分も多く、困った経験があります。
海外のデータによると、非専門医による皮膚科診療による精度は50%を切ってしまう現状。それだけ専門性の要する分野です。
私の知り合いの精神科医は、本来隔離しなければいけない症状の皮膚科疾患を見逃してしまったことがありました。専門医に聞ける環境が整っていれば正しい診療に導くことができた実例です。
医療現場の精度を上げたい、現場の医師を助けたいという想いから生まれたのが遠隔診断治療支援サービス『ヒフミル君』なんです。
過疎化が進んで、専門医がいない病院に勤務する医師も『ヒフミル君』を活用してくださっています。『ヒフミル君』を使えば、非専門医が患者の症状や画像データを送って、皮膚科専門医に相談することができるのです。
―仕事のやりがいは何ですか?
もともと私は精神科医として、奈良県や三重県の病院に赴任していました。その時は病院から半径10㎞以内の患者だけと接することがほとんど。地域密着型の医療環境は、もちろん医師としてのやりがいもあったのですが、医療に対して自分ができることをもっと拡大していきたいと思ったんです。
そこで、IT化が遅れていると言われる医療の現場にも、今後はITの力によって医師や患者の負担を減らしていけるのではないか?と医療の新たな可能性を見出し、開発したのが『ヒフミル君』でした。
『ヒフミル君』を通して、多くの医師の役に立っていることが現在のやりがいですね。日本のみならず海外の医師ともつながっているので、さらなる広がりが楽しみでもあります。
2年間の遅れを取り戻すために、現場で必死に磨いた専門性
―吉田病院(奈良県)や東員病院(三重県)でのご経験は、現在どのように活かされていますか?
最初に勤務した吉田病院は高齢者の神経疾患に特化した病院で、精神科医としてトレーニングを受けた現場です。
過疎化が進む地方の病院では院内に皮膚科がないことも多くて、精神科医である私も専門外の診療にあたっていました。患者から「精神科医なのに、内科や皮膚科の治療もするの?」と聞かれたこともあります。
この時、皮膚科の診療で困っていた経験が、医療業界にITを導入したいと思ったきっかけであり、『ヒフミル君』の開発につながっています。
医療の現場は未だ非効率な運営体制でした。そこで医療とITの融合の可能性を求めて、2013年にスタンフォード大学への留学、2015年にMBAの取得など、あえて効率を生み出すことを考える環境に身を投じました。
医療現場の非効率的な部分を急に変えることは難しいのですが、自分が属している医療業界を俯瞰で見る習慣はつきましたね。
『ヒフミル君』のように、ITを活用することによって現場の医師の精神的な負担を軽減できますし、診療の精度も上がります。それが循環されれば効率性も上がってくると思っています。
―物部さんが医師時代に苦労したこと、大変だったことは何ですか?
私は大学を1浪し、さらに1年休学をしています。そのため、ほかの人よりも2年、出遅れているんです。周りから差がついてしまった2年間を取り戻そうと思って、医学生の時から臨床にこだわって必死に取り組んでいました。
もともと精神科医という職業に就きたかったですし、臨床を重ねていくうちに、精神科の疾患のなかでも、今後、医師として需要がありそうな分野に興味を持ちました。専門医が少なくて需要は大きくなるだろうとされる分野……それが高齢者の精神疾患でした。
2年間の遅れを挽回するため、専門性を磨くために力を注いだ経験は大変だったことのひとつです。
―起業されてからはいかがですか?
遠隔診断治療支援サービス『ヒフミル君』を開発して、キャッシュポイントが生まれるまで「本当にこれでサービスが成り立つのか」と常に自問自答していました。
自分の信念として、今のサービスが確立できればもっと医療の現場が効率的になり、医師のため、患者のためになると思って動いていました。
そして、起業した時のチームにとても優秀な人材がそろっていたので、このメンバーでダメなら、遠隔診断治療支援サービスは誰も達成できないだろうと、仲間を信頼して取り組んできました。
―チームとして仕事をするうえで、重視していることは何ですか?
チームとして、必ず“患者のために“という考え方でゴール設定をしています。エンジニアやマーケッター、皮膚科医など、専門分野に長けたメンバーに自分ができない部分を埋めてもらい総合力を上げながら仕事をしています。
日本の医療属性を活かして開発された、遠隔診断治療支援サービス
―遠隔診断治療支援サービス『ヒフミル君』の開発時に意識したことは何ですか?
『ヒフミル君』を開発し始めた2014年12月ごろ、アメリカでは医療における遠隔診断治療支援サービスは浸透していたものの、日本においてはまだ禁断の技術でした。
アメリカでは医師が遠隔で患者に直接処方できる医療体制のため、遠隔診断システムは“医師と患者”をつなぐビジネスとして成り立っていました。しかし日本医療現場に置き換えてみると、医師が患者の容態を遠隔で診ることはできないので、アメリカと同じような導入はできません。
そこで、皮膚科の専門ではない医師が診断をしないといけない時に、医師間で活用してもらえるのではないかと発想を切り替えたんです。テクノロジーを使って医師同士で情報共有すれば、多くの患者を助けることができる、と。
日本では“医師と医師”をつなぐことは、比較的やりやすい環境です。日本の医師は知識を“共有財産”と考えていて、患者を助けるという目的に向かって医師同士が協力し合う感覚があります。いっぽう、アメリカでは医師が持つ知識自体が“商品”と考えるため、日本のように医師同士で気軽に情報共有しようとする習慣や発想がないんです(笑)。そのため、医師間で使われる遠隔診断治療支援サービスは、日本の医療現場の属性に合ったものといえます。
―ユーザーである医師の反応はいかがですか?
ユーザーにアンケートを取ったところ、約92%の医師が満足したと回答がありました。「専門医からの返信が速い」「『ヒフミル君』があることで、専門外の疾患について患者に正しい情報が伝えられて助かった」などが書かれていました。
自分だけではなくてほかの医師も同じように現場で困っていたのだと強く認識しました。そして、このサービスを提供することで現場の悩みが改善されているのだと実感しましたね。
学生時代は、情報や体験を“インプット”していく時間
―学生時代には、どのようなことに注力されていましたか?
病院の広報誌と地域情報誌「Velocity[ベロシティ]」というタウン情報誌を制作していて、その仕事が本当に楽しかったですね。
もともと雑誌コレクターと言えるほどの雑誌好きで、雑誌から好きなテイストのファッションや音楽などの情報収集をしていました。東京にいるとクチコミなど口頭で情報が伝わることも多いのでしょうが、高知県だと情報発信や情報収集が書籍かインターネットしかなくて。
情報を多く持つほうが選択肢も増えます。だから情報をインプットすることも大事だと考えて、同世代にも反応してもらえる四国地方の情報を盛り込んだ誌面を作っていました。興味の延長線上で始めたものでしたが、ビジネスのおもしろさを体験できました。
―ほかに興味を持ったことはありますか?
大学時代はバーベキューサークルに入っていていました。それは今の仕事にも通じていて、チームで仕事をする楽しさとつながっているような気がします。
大学時代の仲間とは今でも定期的に会っていて、それぞれの専門分野で活躍している話を聞くと「自分もがんばろう!」と励みになります。
また、音楽好きが高じてDJもやっていました。スタンフォード大学時代にも「芸は身を助ける」という言葉通り、フォーシーズンズホテルでDJをしたこともあります。
実際に興味のあることをいろいろとチャレンジし情報をインプットしていると、いずれ自分の進む道でアウトプットをする機会がやってくると思っています。だから、学生時代は興味のあることにはチャレンジし情報をインプットすることをおすすめします。
―アルバイトはされていましたか?
居酒屋でアルバイトをした経験があります。高知県でのアルバイト先は限られてしまって、スーパーか居酒屋がメイン。ほとんどが時給600円くらいだったので、自分で稼いだ方が早いのではないかと。広報誌やタウン誌の仕事を始めたのはそれがきっかけです(笑)。
医師のために、患者のために。今後もITを活用していきたい
―物部さんが仕事をするうえで大事にしていることは何ですか?
まずは何事もスタートアップが肝心だと思っています。メールを1回送ることも大事にしています。1回のメールがきっかけで始まる出会いがあるとわかっているから、きちんと対応するようにしています。
また、“チーム”を大事にしますね。仲間の方が専門知識を持っている分野なら、私は彼らを信じて任せます。
チーム内で共有している意識としては「患者から目をそらさずにサービスをつくる」ということです。私たちは医療に携わる身なので、どのようなアクションを取ったとしても最終的には必ず患者のプラスにならないといけないんです。
現在のサービスは医師が対象のものなので患者と直接やり取りすることはありませんが、日ごろから患者と接している医師の意見をサービスに反映していきたいですね。そうすることで医師への貢献が、患者への貢献につながると考えています。
たとえば、医師の業務を効率化させたり、専門医に相談できる環境を整えることによって、医師の負担を減らしたり、それが結果的に患者のためになる、と。そのための意見や状況に対して、常にアンテナを張るようにしています。
―今後、目指すビジョンは何ですか?
現在、弊社のサービスを数千人の医師が利用してくださっています。早期には医師の10%、つまり約3万人をユーザーとしていきたいと思っています。ユーザーが増えれば増えるほど、助かる患者も増えます。そのためのアイディアやサービスを今後も生み出していきたいですね。
―本日お話を伺っていて、物部さんは医療現場で何かを“生み出そう”という意識を強く持っていらっしゃる印象を受けました。医療分野で新たな仕組みやサービスを生み出そうと意識するきっかけはありますか?
私に限らず、最近はそのように考える医師は多いと思います。特にキャリア5~9年目くらいの私の周りの医師は臨床から離れて、開業している人が増えています。今の医師は将来への危機感を持っている人が多いんです。
年々、医療費は増え続けていく、現場では仕事の効率を求められながらもIT化が遅れている……そのようななかで、今まで以上に患者に寄り添った診察やサービスをしたいと望んでいます。 それを叶えるために従来のシステムや仕事の仕方とは異なった医療の現場を生み出したいと考え、行動しているのだと思います。
それは日本の医療を180度変えるべく取り組んでいるわけではなくて、今の医療を“維持向上させるためのイノベーション”です。
―最後に、これから社会に出る学生に向けてメッセージをお願いします。
私自身は“働こう”と思って働いている意識はなくて、興味の延長で今の自分がいます。キャリアは自分で作っていくものです。会社のために働こうとか尽くそうとか、そういう思考はナンセンスです。
未来は自分で創るものですし、“創りたい未来“は自分のなかにあるものだと思います。だからこそ行動してほしいですね。頭で考えて終わらずに、必ず動いてチャレンジしてほしい。
さらに、社会人1年目からスタートアップをするのは避けたほうがいいと思います。まずはちゃんと会社や組織に入って働いてみること。特化する業界を見つけてほしいです。
新しいことを生み出すには、その業界に深く入っていないとよいアイディアは出てきません。ぜひ皆さんにも“興味の延長”を深く究めていける仕事と出会ってほしいと思います!
[取材・執筆・構成]yukiko(ユキコ/色彩総合プロデュース「スタイル プロモーション」代表) [撮影(インタビュー写真)・編集] 真田明日美