“本当に好きなもの”が、未来への推進力となる
―自分の将来につながる“航路図”を手に入れよう―
- 菅原 亮平(すがわら りょうへい)
- EVER BREW株式会社 代表取締役社長
1979年生まれ、福岡県出身。2002年早稲田大学建築学科卒業。大学在学中に事業の企画書を持ち込んだ縁で卒業後にタリーズコーヒージャパン株式会社にて1年半ほど勤務。当時の社長 松田公太[まつだ こうた]氏に経営指導を受け、飲食業界に携わる。2004年六本木に「ベル・オーブ」1号店をオープン。2005年から、現地よりベルギービールを直輸入し、2006年には卸事業を展開。2010年9月ベルギー本国より、ベルギービール名誉騎士として認定される。現在は六本木、赤坂、銀座など都内8店舗の専門店「ベル・オーブ」「デリリウムカフェ」「ブラッスリーセント・ベルナルデュス」を経営。2014年アメリカからのビール直輸入・卸を開始。2015年5月、ベルギーにて子会社RIO BREWING&CO.SPRLを設立。同年6月にEVER BREW株式会社(本社最寄り:虎ノ門)に社名変更。
人と人がつながるクラフトビールの魅力
―まずは、EVER BREW(以下、エバーブルー)の事業説明をお願いいたします。
ベルギービールの飲食店経営、ベルギービールの輸入卸や製造、ワインの買付け、ビアフェス開催など、クラフトビールやワインにまつわる事業をしています。クラフトビールは地ビールとも言われ、地域に密着した小規模製造のローカルビールです。弊社ではベルギービールをメインに展開していて、毎年9月と2月には社員研修のためにベルギー、フランス、スペインなどへ行っています。
―お店ではどのような食材が楽しめますか?
ベルギービールと相性のいいチーズをベルギーやフランスから自社輸入しています。また、国産の熟成肉、イベリコ豚やジビエ(狩猟による鳥獣肉)も合うので、素材そのものの味を楽しんでもらえるようグリル料理を中心にメニューがあります。
―買付けは、どのように行われているのですか?
最初のころは自分でアポを取って、まさに“突撃”をしていましたが、今は現地の醸造家の紹介でネットワークが広がっています。
ヨーロッパの人たちは紹介を大事にします。朝から晩まで彼らのビールが置いてあるレストランやカフェをまわり、飲み語り合うことで仲良くなるんです。人柄や本気度合いが理解されて、そこからいろいろな人を紹介してくれるようになりました。
―取引の決め手となるポイントはありますか?
最初からお金主義ではないところです。お金中心の思考だと、いずれ両者の考え方にずれが生じてきます。だから気が合うかどうか、おいしいものを作っているか、それを広めたい想いが強くあるかどうか……これらを大事にしています。
―仕事のやりがいは何ですか?
海外の醸造家と飲んだり、大勢のお客様と知り会えたりすることですね。人のつながりからビジネスになっています。
特に、飲食店経営はお客様のリアルな動きがわかりますし、1日でこれだけ多くのお客様と出会える場所があるなんて魅力的です。海外の友人や学生時代の先生が飲みついでに会いに来ることもあって、人と人をつなぐ“ハブ”のような場所です。
タリーズの経験から見えた、クラフトビールの可能性
―大学卒業後、2002年5月にタリーズコーヒージャパンへ入社したきっかけは何ですか?
卒業を控えていたころ、上場して話題になっていたタリーズコーヒージャパンの創業者である松田公太氏に企画書を持って会いに行ったんです。すぐに起業するつもりでいたので勉強目的で話を聞きに行きました。
話の流れで、タリーズで展開予定だった緑茶の新規事業の立ち上げを任せてくれることになり、興味が湧いて誘われるがまま入社しました。
―タリーズではどのようなことを学びましたか?
業界2位までに入れば、その業界では生き残れるというのを学びました。シアトル系コーヒー店の場合、スターバックス、タリーズというように2位までなら世間の人たちから認知されています。タリーズに入社して1年半後に独立をするのですが、それまでに“2位までに入れそうな業界”を探していました。
また、ちょうどそのころ、タリーズやスターバックスが1杯500円の商品を展開する反面、マクドナルドのように“定価の半額60円”をキャッチにした低価格商品も売れている両極の時代でもありました。飲食店も居酒屋ブームで低価格化し、付加価値を必要としない業態が増えていたんです。
飲食業界に興味はあったものの、もし私が付加価値のない居酒屋に対抗して同様のお店を出したら、企業規模から考えても彼ら以上に働かないと勝てません。だから対極の“付加価値のある商売”をしたいなと。
―クラフトビールに目をつけ、さらにベルギービールに特化した理由は何ですか?
ビール好きが高じて、いろいろなビールを飲むなかで「おいしいな」と思って裏ラベルを見ると、大抵“ベルギー”って書いてあったんです。様々な色があり、フルーツの実が入っていたり、独自製法で自然発酵したりと自由に表現している。ラベルデザインも個性があふれていておしゃれ。付加価値を大切にするタリーズと似ている部分にアンテナが反応したんです。
ビール業界も対極の時代に突入していて、低価格商品として発泡酒が伸びていました。だから、対極に位置づけられるクラフトビールに可能性を感じたんです。マーケットはまだ小さいけれども、ニッチなポジションで業界2位までいけるかなと。
現在はだいぶクラフトビールが世の中に浸透して嬉しい反面、ニッチが好きな自分としてはちょっと複雑だったりもします(笑)。
完成形のイメージが描けるか。それが出店計画のポイント
―現在、都内に8店舗の専門店がありますが、出店の決め手はありますか?
物件を見た時に、お客様が楽しんで食事や買い物をしている“完成形のイメージ”が浮かぶかどうかを大事にしています。それは大学の建築学科の授業でパースを引いたり、専門的に学んだのが活きているのかもしれません。
タリーズで出店計画を担当していた時は、近隣店舗やデータ分析をしたうえで物件を選ぶ手法でしたが、今は自分の勘やイメージを頼りに決めています。第三者の意見を聞きすぎて自分が流されてしまうのも失敗する要因なので、自分の心や感覚に正直でありたいと思っています。
タリーズで理論的な手法を培ってきているからこそ、自分自身の勘やイメージを頼りに決断するおもしろさも感じています。
―では、飲食店を経営するうえで意識していることはありますか?
飲食店は“差しどころ”が大事で、たとえば「デリリウムカフェ」の場合は女性だけではなく男性にも来店してほしいんです。一般的に、女性がメインのお店に男性が入ると、男性はアウェーな感じになりがち。うちの店は女性も来店されますが、男性のホームグランウドのような位置づけです。だから男性と女性の割合が6:4になるように店づくりをしています。
男性が女性に飲食店を紹介する時って、自分の馴染みの店員がいて、好きなお酒がある空間だとリラックスできます。女性に対して格好良く振る舞ったり、女性をリードできるスマートな男性アイテムのひとつがお酒でありビールなんです。
―お客様の心理をとても大事にされているのですね。
そうですね、ディズニーランドみたいなお店が理想です。いつ来ても楽しくて、いろいろなお酒が飲める。お酒って、男性にとって“宝探し”的な部分があり、ドラクエ(ドラゴンクエスト)みたいにゲーム感覚でおいしいものを探していくのが魅力なんです。
たとえば「デリリウムカフェ GINZA」では樽生ビールは最大40種類、自社輸入も含めてワインが20種類、チーズや熟成肉を取り扱っています。お客様が自分好みのお酒や楽しみ方をいろいろと探せるようにしています。
私がベルギーやアメリカでおいしいビールや食材を見つけてくるのも、ちょっとした“ドラクエ気分”。数時間かけて足を運んだのに、ビールが自分好みではなくてがっかりした時は、まさにドラクエの宝箱の中身が空っぽだった時の残念さと一緒です(笑)。
“本当に好きなもの”を見つけると、誰でも一生懸命になる
―学生時代に体操部に所属されていますが、そこから学んだことはありますか?
中学生の時、体操部の経験を活かしてみんなの前でバク転をしたら、周りがほめてくれました。それが嬉しかった。中高一貫の進学校だったため、勉強ができる人たちのなかでトップを目指すより、みんながやらないことに注力したほうがトップになりやすくておもしろいと感じたんです。ニッチなクラフトビールに着目した、今に通じる考え方かもしれませんね。
―アルバイトはしていましたか?
大学時代に高田馬場のカラオケ店で働いたり、家庭教師をしていました。当時、カラオケ店で一緒にアルバイトをしていた人たちは、お金を稼ぐためだけに働いている印象がありました。現在、弊社でアルバイトをしている人たちを見ていると、ベルギービールが好きで志望してきたり、やる気や目的意識があって偉いと思いますね。
彼らには、私が講師を務める約6時間の研修を必ず受けてもらっているんです。こちらも本気で仕事をしていることをわかってもらいたくて。だから研修直後から、彼らのビールに対する興味度合が変わります。
家庭教師のアルバイト経験からも言えるのですが、ちゃんと知識だけでなく基本を教えれば、おもしろさをつかんで自分で考えて行動できるようになります。マニュアルばかりの仕事はおもしろさを感じにくいので、興味を持ってもらうような環境を積極的に作っています。
―就職活動の経験はありますか?
興味本位で大手広告代理店を2社だけ受けました。すぐに起業するつもりだったので、タリーズの松田氏に会わなかったら人生は変わっていたかもしれません。
航路図を掲げて、未来に向かって新たな旅に出る
―仕事をするうえで、菅原さんがこだわっていることはありますか?
事業理念にも掲げているように、ビールや食でつなぐ“人の円”を大事にしています。私の場合は、もう一度会いたいからビジネスを始めるという決め手が多いんです。
一期一会ではなく、ひとつひとつをつないで“円”のように広がりを持たせたいと考えています。
―今後の活動の方向性を教えてください。
2014年にベルギービール事業10周年を迎え、今年から次の10年の世界展開を見据えています。会社名「EVER BREW」の由来は、Evergreenという言葉があるように“朽ちない、色あせない店づくり、お酒づくり”の意味。“BREW”は“醸造“の意味ですが、”蒼い空の向こうをつないでいきたい“……航路図のような広がりある事業を目指していきたいと思っています。
―今年5月にベルギー法人で会社を設立され、活動の幅がさらに広がっていますが、菅原さんが描く“航路図”とは具体的にどのような活動ですか?
まずはベルギービールのようなビールを日本で作って世界に広めていきたいです。海外から輸入するだけでは内需になってしまうので、日本の発展に貢献できる活動をしたいと考えています。
そして、現在ベルギー本土で委託してベルギービールを製造しているのですが、この商品をヨーロッパ諸国へ広めていきたいですね。アメリカでも同様のマーケットを展開していきたいので、日本とベルギーとアメリカをつないだ航路図を掲げたいと考えています。すでにイギリス・フランス・オランダにも輸出され、ミシュラン星付きのレストランなどで提供されています。
お酒の製造、販売、店舗運営が“三位一体“となって、皆さんに喜んでもらえるような展開をしていきたいんです。それはお客様に対する想いに限らず、弊社で働くコレガス(エバーブルーではスタッフをオランダ語の”仲間“の意味で呼称)にも届けたい想いでもあります。
うちの店で働くことによって世界を感じてほしいですし、さらに多くのことに興味を持ってもらえたら嬉しいですね。
―これから社会に出る大学生にメッセージをお願いします。
“ゆとり世代、悟り世代”とかマイナスイメージで一括りにされてしまっている節がありますが、弊社のアルバイトの子たちを見ているとすごく素直でいい子たちです。
だから皆さんも諦めない気持ちと努力さえすれば、もっと世の中をうまく渡っていけるだろうし、いい仲間にも出会えると思っています。
―“諦めない気持ち”を養うために、経営者として工夫している点を教えていただけますか?
一般的に, 飲食店では“接客力”を身につけさせるために社員教育や新人教育など“教育”に力を入れているようですが、第三者が意識的にいろいろと詰め込まなくても、本当に好きなものがあれば人って自主的に働きます。
私はまず「好きなもののためにがんばって働こう」と思える環境を作ってあげたい。ベルギービールが好き、もっと学びたい……こういった芽生える気持ちや意識を大事にしています。
私も今まで好きなことと言えば体操とお酒しかありませんでした。言い換えれば、好きなことだから諦めないし、がんばれるんです。だから皆さんも“本当に好きなこと“を見つけたら、しがみついてでもがんばってほしい。
―好きなことを見つけるためのアドバイスはありますか?
今はインターネットで何でも見つけられる世の中ですが、そこで終わらずに体験すべきですよね。ネットで見た気になって満足して終わるのでは危惧を感じます。
たとえば、マンションや車を購入する際、サイトを見ただけで買う人はほとんどいなくて、必ず見に行きますよね。同様にベルギービールも実際に味わってほしいし、お店にも足を運んで体験してほしいんです。
私はベルギービール好きが高じて起業し、進むべき未来への航路図を大切にしています。皆さんもぜひ“自分の航路図”を描き、力強く進んでいってほしいと思います。
[取材・執筆・構成]yukiko(色彩総合プロデュース「スタイル プロモーション」代表) [撮影(インタビュー写真)・編集]真田明日美 [取材場所]デリリウムカフェ GINZA